励ましをいただきたいのは私の方でございまして、もうこの年ですから、衰弱しております。本日のお招きについて、河野先生からお話があった時に、簡単に「いいですよ。」って言ってしまったのです。私の悪い癖なのです。なんでも「いいですよ。」っていうのです。で、10分経ったら「断りゃよかった。」って反省するのですが、生まれてからこのかたずっと、91年続いている習性なのです。
　仕方がございませんので、役割を果たせるか果たせないかは分かりませんが、私と新小岩の皆様方の関わりを若干お話ししまして、攻めを防ぎたいと思います。

先ず初めに、僕は、創立者である千葉義広先生が大好きなのです。時々「スポッ」と抜けるところなど、非常に好きです。一緒に飲みに行くといったようなことはなかったのですけれど、私的にもいろいろお話をうかがったことがあります。スケールが僕等とは違うのですね。
　だいぶ前にスリランカにお供しました時に、車でセイロン島をまっすぐ北に向かって進んでいましたら、横に座っていらっしゃった義広先生が「久保田さん」っておっしゃるから「何ですか」って言ったら、「スリランカって案外広いんですね。」って。「どうしてですか」って聞いたら「僕は、真ん中に行けば両方の海が見えると思ってたんです。」そういう訳じゃないですよね。1つの国ですから。「小豆島とは違いますから。」と言いましたら「そうだよね。」って。今頃こういう事を言う人は、あまりいませんね。私は、公私ともに、むしろ逆にご厄介になっていたのです。

　ただ一つ、今日ここに上ってくる一つの接点をあえて探せば、ちょうど私が教員養成学校を出て、嫌々小学校の教員になった年にここの幼稚園が出来ているのです。足かけ71年になりますか。同い年。そのくらいしか関わりがないのですよ。
　 私が義広先生にお目にかかるには、いろいろいきさつがあって、創立しばらく経ってから、戦後、新小岩幼稚園と接点が、お陰様で出てきたわけですけれども……。
　 最初から喜び勇んできた訳じゃないのですよ。時々「嫌だなぁ。」と思いながらも来たのです。この「嫌だなぁ」と言うのが非常に大事なことですね。人間は、「万歳。」「万歳。」ばかり言って暮らしているわけにはいきません。元々人間というのは愚かな、おっちょこちょい、ことに、私なんかは、祖先が江戸だったらしくて、おっちょこちょいの典型みたいなところがあるのですけれども、「嫌だなぁ」ということも大事なんじゃないかと……。

私がいくつかの学校を経まして、東京で私立の学校を仲間と一緒に創り始めたのが、戦後しばらくたってからですけれども、そこで、頭打ち状態でどうにもこうにもならなくなって、「教育っていったい何なんだろう。」「学校とか幼稚園とかいうのは、何なんだろう。」と自問自答していた時に、いくつかの条件が重なって、河野先生を中心に新小岩幼稚園の先生方にお目にかかったのです。
その頃、混迷といいますか、頭の中にはいろんな要素があって、自分自身をどっちに持っていっていいか分からない時だったのです。ここで、こういうことを言いますと、お叱りを受けるかもわかりませんけれども、「幼稚園というのは誰でもやれる」という時代もある時期あったのですね。ことに、考えもしないでやっていた――これは、江戸川地域を除きますよ。日本全国、他を入れているわけで、視野を広く聞いてください。どうも、日本人というのは眉にしわを寄せて、狭い考え方にうろうろするのが好きな国民ですから、私を含めて……。

幼稚園というのは、いろいろな評価を受けています。私自身なども、幼稚園に片足を入れていた時に、こういう笑い話があります。
　私は、世田谷で仲間と一緒に学校を創っていました。小学校から高校まであったのです。その中に、幼稚園を創りました。17人から始めたのですが、誰も担任する人がいなかったので、私は、それまでそこの学校全体の校長をしていたのを辞めて、幼稚園の担任になったのです。父兄の同情が僕に一身に集まりました。朝、子どもと一緒に砂場で遊んでいると、気の毒そうな顔をして、そーっと僕の横を、古い父兄はお通りになるのです。中には、非常に心臓の分厚い方が「先生何をなさったのですか。」って、なにか事故を起こして、私は降格させられ「目下服役中」とでも言いたそうな顔で見られました。
　この時期は、幼稚園というものが、我々にもなかなか分からなかったのです。その時に私は、いくつかの幼稚園の方と勉強したのですけれど、その中に河野先生達のグループ、つまり、江戸川区のグループがあり、新小岩幼稚園の先生方にお目にかかるチャンスがあったのです。

その時、正直に言いますと、「たかが」という思いが、僕の考える頭のどこかに、ずっと付いていました。「たかが」……。
　ところが「たかが」を付けていられなくなったのです。時々河野先生の夢を見て、その時は必ずうなされている、ということが続くわけです。冗談で言っているのではなく、これは「たかが」と思っている私に対する否定であり、批判であり、指導であったのです。簡単に言いますと、新小岩幼稚園では、子どもをまともに人間として見ていました。僕は一緒に勉強していく中でこれに触れました。

小さい子って可愛いってよく言うじゃないですか。3分間つきあっていると可愛いけれど、4分目になってご覧なさい。電車なんかで、隣に小さい子が座ると、初めはにこにこして見ていますけれども、3分経ってご覧なさい、「親はなにやってる。」と睨みたくなるくらい、天衣無縫に行動します。可愛いなんて言っていられないわけですね。　　 　幼稚園というのは、子どもをあやして過ごさせればいいのではないかという一般通念の方に片足を入れていたのですけれど、どうも、そうじゃないみたいなのです。小さな部屋の中に17人の子ども達を押し込んで、今まで持っていたものを振り回して、「幼稚園ですよ。」「幼稚園ですよ。」といっていたのですけれども、どうも違うのですね。

ちょうど私は、その世田谷の学校を辞めて、フリーな立場に立っていましたから、こちらの先生達との勉強会にしょっちゅう伺うことができました。ここの子どもは、これは、当たり前とおっしゃればその通りなのですが、ちゃんとした人間として、先生達が認めていらっしゃる。皆さん「そうだ。そうだ。」と思われるかもしれませんが、雑誌を見たりテレビを見たりすると、子どもを人間だと思っていませんね。今、ペットブームになっているみたいですけれど、そのペットの続きくらいにしか子どもを置いてないのが、我々の子どもに対する考え方なのではないですか。 そこを非常にシビアに新小岩の先生達は考えていらっしゃる。勉強会では「あっ、そうなんだ。」「そういう所に問題があってそういう風に考えなきゃいけないんだ。」と、かなり厳しいのです。僕がここへ喜んで長いこと来ているように、皆さんは錯覚を起こしている様なのですけれども、商店街を歩く時なんか厳しいですよ。トボトボと。「今日も行くんだ。」と自分に問いかけたり、言い聞かせたりしてね。
　しかし、勉強になりますね。今迄わからなかったことがわからないと言うことが分かる、とか、次に行ってみたら、「あれっ、こうじゃないの？」とか。こういう話をしていますと、「何だ、あいつは、くだらないことをグジュグジュ言ってる。」と思われるでしょうが、幼児教育というのは境目なんです、そこのところが……。

「子どもは可愛い、のびのびさせましょう。」などと言うと、「ほっときゃのびのびするんじゃないか。」「子どもを叱らないことはいいことなんだ。叱っちゃいけないんだ。」と、非常に単純に考えてしまう。幼児というのは、むしろ、中学生、高校生よりも、いろんなミステリーを抱えているのです。しかし、それに対していちいち踏み込まない。踏み込む人達もいたのでしょうけれど、なかなか踏み込めない。新小岩幼稚園では、そこを大胆に、踏み込みながらやっていらっしゃる。その河野先生のいろいろなご指示や、ご指導を、若い先生方、よーく耐えていますね。それだけでも大変なものです。これは、冗談まがいに言わなきゃ通じないくらい、厳しいことなのです。

皆さん笑っていらっしゃるけれど、今の学校が子どもの為にあるとお思いになります？ああ、お目出たい所でこういうことを言っちゃいけないのですよね。91になると多少呆けますから、ここでしばらく呆けます。4、5分だけ呆けることをお許しください。子ども達の為に学校、幼稚園があるのか。ここではあるのです。

いろいろな話をしたいけれどやめて、一つだけ、お母様方には宿題になるだろうという話で、僕のスピーチは終わりたいと思います。数年前に聞いたことです。
　 新小岩幼稚園では、新入園児が来ると、3歳児の子どもに年長組が、食事をする指導をします。ご存じでしょ。手抜きじゃないですよ。先生は、自分でやる方が楽なことを子どもにやらせるのです。僕なんか、そういうことが果たしていったい何なのだろうと、数年疑問に思いながら、「うん、うん」と聞いていました。
　A君という男の子、年長組です。非常に才気活発でいたずら坊主。この子が4月になって、3歳児の男の子の担当になりました。その3歳児は彼に輪をかけていうことを聞きません。ウロチョロウロチョロしてばかり。祖先は蟻だったのかと思うくらいウロチョロするのです。A君がある日密かに、先生に聞こえるように、密かな声で、「ほたる苦労したろうな。」と、つぶやいたのだそうです。年長組ですから、5歳か6歳ですよね。「ほたる苦労しただろうな。」って、僕ら聞いてもわかりませんでした。先生の解説を聞いたら、彼は3歳児の時、始末に負えない悪童だったらしいのです。それを担当した女の子の名前が「ほたる」。面白いでしょ。2年経っているのですよ。2年経って、今は年長組で、相変わらずいたずら坊主で行動的だと言われている子どもが、「ほたる苦労したろうな。」って。自分がウロチョロしていたことを想念に浮かべながら、自分の面倒を一生懸命見てくれたお姉ちゃんの姿を描いているのです。すばらしいことですね。これはすばらしいことです。

新小岩幼稚園の様々な教育の根底には、さっき、千葉先生が話された思想、考え方の根底があるのだなと、今更、私も思い返したところでございます。 「やれどもやれども尽きぬ山」が、おそらく、私達の仕事なのではないかと思います。私も、ちょうど91歳になりまして、このあいだ、ある所で事故を起こしましたら、えらくあちこちに評判が飛びまして、もう、喪服を箪笥からお出しになった方も、中にはいらっしゃったのではないかというふうに……。その割には、お見舞いは届いておりませんけれど……。私なんかは体力的にも気力的にも衰えがきていますが、おざなりな言葉にきこえますけれど、「ここにいる小さい子ども達が、僕らの生きていく世界を背負っていくんだ。」と言うことを、もう一度考えなければいけないし、幼児教育もそうでしょうけれど、学校教育なども、決して、勉強だけじゃない、受験だけじゃない、そういうものなんだろうとおもいます。

「子ども達は、学校の中で、町の中で、家庭の中で、どう生きて動くのか。」ということを支えている江戸川区、ことに新小岩の若い先生達に、私は敬意を表します。70年で終わったわけではないのですね。次、まだありますよね。80年、90年の時におそらく、ここにいらっしゃる3分の2はまだ、呼吸をしていらっしゃるだろうと思うのですが、お集まりになって、「本当によかった。」ということをお互いに話し合いたいと思います。
　その証拠として、さっきご紹介の中にありましたように、お母様方と勉強、勉強と言うか、世間話をする時間を持っております。いかにお母さん方がまじめに、なかなか周りに通じないという悩みを持ちながら、子どもの問題をお考えになっているかということ。つまり、「新小岩幼稚園で育てられたものが小学校、中学、高校で、どういう風に実を結んでいくんだろうか。」ということを真剣にお考えになっている地域の皆様方にも敬意を表さなければいけないと思います。

いただきました時間になりましたので、この辺で終わりたいと思います。

1. 研究発表・総括

ただいま、お母さんや先生が、子供から学んだ事を発達の過程に沿って報告されました。これは、大変すばらしい報告だと思います。いずれも、子どもとお母さん、子どもと先生、あるいは子どもと子どもとの関わりから、のびのびと生活して発達していく子どもの姿が生き生きと描きだされておりました。それをお聞きしながら、非常に感動しました。 先生とお母さん方との共同研究の成果が、今日の発表を通して実によく納得させられました。
　このような研究が出来た理由は、子どもに対する考え方が共通しているという事です。 従来の幼児教育では、子どもは無力であり、受け身的な存在であって、ともかく子どもをお守りしてあげるというのが幼児教育だというふうに考えられていた時代が続いていたのです。それに対して、70年も前から、子どもはもっと活発な存在であると、そして、もっと能動的に活動する存在であると、子どもをよく見つめ、子どもから出発して保育を進めていこうという理念で創立されたのが、この新小岩幼稚園であるというお話を聞いて、なるほど、だからこそ、このような研究が出来たのだという実感を強くした次第でございます。
　子どもというのは生まれた時から精一杯環境と係わって、環境との間によい関係を作り上げながら成長していくものです。その環境というのは、物的環境もあれば、人的環境もあります。そういう過程で子どもは子どもなりに環境に働きかけて、人や物に影響を与える事が出来たという実感を得る事が最高の喜びとなっているようです。
　 身の回りの人とか、物に対する興味というのは成長と共にだんだんと深まってきます。そして探索行動が一層活発になっている姿が、今日の発表のなかでよくお分かりになったかと思います。 特に人と人との関係をつくるという事が、子どもにとって、きわめて大きな関心があるという事を知りました。0歳児のお母さんとの関係から始まって、5歳児、学童の社会関係、集団生活といったようなものが　非常に積極的になされているという姿は、子どもが豊かな社会性を身につける上に、きわめて重要だと思います。

2. コミュニケーション・会話

そういうような芽生えというのは、すでに0歳児から始まっているのだという事を知りました。一般に生後3ヶ月位になると、「微笑反応」というのがあるわけですね。人の顔を見ると「ニコッ」と笑う。これは「3ヶ月微笑」といって、機械的に出てくる微笑だそうですが、それが、成長と共に他人に感情を伝えるために微笑を行うという活動が始まります。これは、他人に対して信号として、一つのコミュニケーションの役割を果たしていると考える事も出来ます。
　泣く事もそうです。今日、話が出ましたが、泣きも、生まれてまもなくであっても、お母さんには聞き分けられので、お母さんは適切な対応を捜し当てます。お母さんは子どもに対して、適切な反応をする訳ですが、その適切な反応をするという事が、子どもの発達に深く関わっていると考えられます。例えば、泣きに対して適切に対応された子どもは、泣き以外の別の表現様式を早くから学習していくという事です。つまり、コミュニケーションの手段として、泣く事以外に表情だとか発声だとか、身振りだとか、そういう活動を通して、それがコミュニケーションの有効な手段になるという事がわかってくるのです。お母さんとのコミュニケーションがいかに重要であるかという事です。
　また、大人が語りかけるという活動では、1歳半以前にコミュニケーションの芽は芽生えているのですが、1歳半くらいから、「聞く番」と「語る番」との交代が行われるわけです。相手の発言の内容と関わりながら、会話を進めていく能力というのが、すでに2歳、3歳くらいから始まっているという事も、非常に重要な事実だと思います。
　今までの親子の会話というのは、お母さんが話かけて、子どもは短く答えるだけの会話が多かったというお話も出ましたが、この会話の記録などを見ると、お母さんは子どもの会話の発達のレベルに合わせながら、子どもの今言った事をくり返したり、言い換えたり、ほんのちょっと訂正したりしながら、だんだんと、会話を進めていっています。これが、母と子どもの会話の非常に重要な点なのです。つまり、会話をリードするのは、子どもであるという事です。会話をリードする主役は子どもなのです。お母さんではないわけです。いままで、お母さんが一方的に話しかけて、子どもはただ聞くだけの役だったわけですが、子どもの主体性、能動性という事を尊重するならば、まず、子どもが会話をリードして、お母さんはそれを刺激してやるのです。お母さんは、子どもの反応をよく見ながら、ごく自然な形で言語教育を行っているわけです。これはすばらしいと思いました。

3. 集団の中で育つ自意識と他意識

ところで、集団にはいると子どもの社会性はさらに広がりコミュニケーションの輪は拡大していきます。もちろん3歳児、年少組の子どもは、まだ自他未分化であるということで、自分の意志を押し通す、いわば自己主張するというだけの状態です。他人は集団の中では、自分の延長です。そういう点で自他未分化なのです。だから、遊びも、一般に一人遊びか平行遊びぐらいしかありません。集団生活の前提は、「相手と自分が違っているという事を理解」しなければならないのです。
　他人を意識する、これを他意識といっていますが、そのためには、自分の欲求を一応抑えなければなりません。自己抑制が必要になってきます。自己抑制を理解した動きを自意識と呼んでいます。そういう、他意識と自意識という意識が発達しない限り、相互の関わりはなかなかうまくいきません。関わりがあってもすぐけんかになってしまうというのが一般です。
　特に3歳児くらいでは自己主張ばかりが前面に出てまいりますので、物の取り合いによってけんかをしたり、かんしゃくを起こしたりすることがよく生じます。しかし、そういう体験は、自分と他人の関係を見直す機会を作り出します。そして、自分と他人のあり方を活動の中に位置づけて統合をはかろうと努めるわけです。
　ところが入園直後の3歳児は、いきなりクラス全体の中で友達と関わり合う事は出来ません。孤立してしまう幼児が何人かは必ず出て参ります。確かに入園当初の幼児はとまどいます。今までの緊密なお母さんとの関係を断ち切られて、同年齢の子どものいる集団の中に入れられるからですね。で、いきなり、集団の一員であるという自覚を押しつけられるからです。
　 常識的には、集団活動に参加していくうちに、だんだんと仲間になじんで、集団の一員としての自覚を持って来るというのが普通なのですが、幼児教育は、これが逆なのです。 子どもは、集団の中に入れられると、まず初めに集団の一員としての自覚を持たなければならなくなります。そして、集団活動に参加しやすいようになっていくというような課程をとって、子どもの社会性の発達は行われます。ただ、それは、非常に難しいことです。仲間と関わる事さえできない幼児ですから、いきなり、集団の一員としての自覚を持てと言っても、とうていそういう意味は理解できないでしょう。
そこでどうするか。新小岩幼稚園で考えたのは、ごく自然に集団の中で関わり合えるようにしていく活動です。先ず、第一に、いつも密接に関わり合う少数の友達を決めるという事。そして、その少数の子どものグループの中で、特定の課題を実行する体験を重ねる事です。さらに、その課題を実行するときに役割を分担するということ。この3つの点です。
　少数の友達をきめて、一緒にその小グループで課題を実行する。そして、役割を分担する。こうすると、絶えず子ども同士のやり取りが生じます。お母さんとのやり取りがそうであったように、子ども同士のやり取りがあります。そうすると、そこで感情的な結びつきが生じます。情緒的な結びつきといってもいいですね。つまり、自分と相手との間に一体感を持つようになるのです。自分がお母さんと一体感を持っていたように、子ども同士の相手とも、相手と一緒にいる事が楽しいという気持ちになります。課題も安心して、実行できます。 特に、お互いに同じシンボルマークを付けるときには、その結束は、一層強まります。このことは、1歳半くらいの子どもが、自分には名前があるという事を知ったときの意識と同じようです。1歳半くらいまでは、食べるとき感じる自分と、遊ぶとき感じる自分といったように、その時その時、別々に感じる自分に過ぎなかったのです。そういう沢山の自分を同じ名前で呼ばれる事によって、同じ存在なのだという事がわかって参ります。つまり、今まで直接体験の中に埋没していた自分が、名前を通して意識されるのです。それで、名前というのは、自分のレッテルであるというのがわかります。自分と他人との区別もわかります。これと同じような意識がシンボルマークを共有する事によって、出てくるようです。自分達という意識のグループと、他のグループという意識の区別も明確になります。又、グループの中では、自分が、同じグループの人と一心同体であるというような意識と同時に、やっぱり違うんだということにも気づいて参ります。もちろん、自己主張のぶつかり合いによるけんかもでてくるでしょう。ほしい物が1つしかない時は、奪い合いも出てきます。しかし、やり取りを通しているうちに、自分の意見を言ったり、或いは、相手の意見をよく聞いたりするようになります。 こうして、仲間との間に共通点がある事を知り、自意識と他意識とのあいだに区別があるのだという事がわかってきます。小さいグループの中で、自分と他人とは違うのだという事がわかってくるのです。 それからもう一つは、小グループただと積極的に関心を持って相手に関われます。そうすると、相手の気持ちや考えがわかる体験もできます。相手の考えや気持ちについてわかる場合が多くなると、その関わりを維持しようとして、お互いの役割に気づきます。そして役割を考えながら自分の行動を決めなければならなくなるのです。 こういう事は集団生活の基本です。子どもは、この小グループの生活を通して学んでいくわけです。

4. 共通のイメージでより楽しく、より豊かに

もちろん、本当の意味での自意識とか他意識とかいうのは、もっと複雑なもので、小グループだけでは出てこないかもしれません。そのためには、もっと大勢で、ごっこ遊びだとか、役割遊びなどが必要となってきます。一緒に遊ぶという機会が必要です。
　ここで大事なのは、みんなと共通のイメージで遊ぶという事です。これが大事なのです。みんなの中にいながら、銘々個々で、独りよがりのイメージで楽しむだけでは、遊びになりません。同じイメージで遊ぶ。日常の中でよく知っている場面とか興味のある場面とかが遊びの中に取り入れられて、「○○らしく遊ぶ」ということをします。
　新小岩幼稚園では「レストランごっこ」を行っておりますが、家でレストランに連れて行ってもらった時のこと、以前に友達と遊んだことなどをイメージとして思い浮かべながら遊ぶわけです。 子ども達の体験がだんだん深まってくると、お互い共有するイメージも豊かになります。共有するテーマも役割も増えて参ります。この活動は、自分とは異なる特徴を持っている他人に関心を向けると共に、イメージのような人物になったつもりで遊ぶ活動であるわけです。お客さんになったつもり、料理人になったつもりという、つもりの活動が始まります。これは、自分ではない、他の意識の発達を促します。自分のやりたい事を押さえて、遊びの中で決められた役割を演じなければならないということも分かって参ります。自分の行動が友達に絶えず見られている事を知らされるわけですから、自分が友達をどう見ているか、友達が自分をどう見ているか、様々な他人がどのように見るかという事も分かって参ります。 そして、自分の行動を振り返ります。これは自意識を深めるのに役立つでしょう。
　こういう意味で、新小岩幼稚園では、子ども同士の関わりを、全体の集団の中に、集団の全てに広めていくということによって、自意識と他意識の発達を、一層発達させていくという活動を行っています。 ごっこ遊びから始まって、役割活動、それから、係活動などを通して、子どもは豊かな社会性を培われて行くに違いありません。

　もうちょっとお話ししたいところなのですが、時間になりましたので、これ位にさせて頂きます。
ご静聴ありがとうございました。